命を左右した大地震、大津波から今日で1ヶ月経ちます。
被害状況の甚大さ、余震、生活難が相変わらずで、被災者の難題になっています。
自分は東北在住、しかも海寄りに住んでいたので先月の11日に津波を目前としながら避難場所に逃げました。津波が家に到達したのでもう住めるものではないです。全壊扱いです。
しかし、家は駄目でも私を含め家族は無事でした。
現在は自分と小学生の我が子は実家の世話になっています。有り難いことです。身内の家が残っているお陰で父親に、家から無事な衣服や布団等を何度も運んでもらい助かりました。
避難所では、自衛隊、近所のボランティア、その他沢山の援助してくださる方達のお陰で生活しています。
連日、ラジオ、テレビ等での津波で犠牲になった方達、瓦礫の山になった場所や、支援の行き届かない避難所の映像、原発事故のニュースを知ると憂鬱で先行き不安な気分になります。しかし、東北の被災者の為に多くの援助の力もあり、感謝も感じています。このことを忘れてはいけないと思うばかりです。
当日の大津波に涙は出ませんでした。自然にとって人間なんてちっぽけな存在なんだということや、物を多く持っていたって避難で持ち出すには限度があったこと、生き残れたのはその人達の持っていた少しずつの好条件(運)の積み重ねがあったからこその命なのか、などと自分の置かれている状況に不思議なことに客観的に考えたりしていました。状況が全く分からないからなのか、細かく外の様子をイメージすることや悲惨な現状を知ることが嫌だったのだろうか・・・・。
今回は命はありましたが、あの日の自分の心にも「逃げる」意志があったことも前提だったと思っています。
色々愚痴もありますが、近況としては今日はここでおしまいにします。
感謝。
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