情報は「話半分」で取り入れたい。

投稿者: | 2020年6月14日

情報の入手の方法がテレビ、新聞、雑誌、ラジオ、インターネットならばニュースサイト、まとめサイト、TwitterやYouTube、個人のブログやサイト、家族や近所の人などの情報などの選択肢が増えたので、今は拾える情報手段が豊富過ぎてむしろ混乱してしまいがちで困ってしまう自分です・・・。




例えば、テレビの情報しか見ることができない人はテレビの情報が正しいと思ってしまうし、インターネットの情報しか見ない人はインターネットの情報が正しいと思うかもしれないです。

ここ最近の新型コロナウイルスで通常の生活が自粛させられたことによって、いろいろな情報が大量発信されたわけですが、良くも悪くも情報まみれにされてしまった2か月だったなーと思います・・・。

自粛期間で色々な情報に翻弄されて自分の考えがそれらの情報発信側や発信者の情報や話に迎合してしまいそうになったり、SNSでは人の善意に付け込んで不安をあおる情報工作員らしい人もいたよなぁー(笑)と振り返るのでした・・・。

情報を得るのは良いとしても、この約2か月間で自分の意見やら平常心やらが情報を拾えば拾う程困惑したりするので結局は何(誰)が正しいということを見極めるのは難しいなと考え、結局は「情報は話半分で聞く」に限るなぁーと言う考えに至りました。
色々な情報を得ても「偏る」とか「妄信する」いうのはダメだね。
「この考え」や「あの考え」があるなら、それはそれでいいんではないかい?自分は「ふ~ん。なるほどな、でもそちらに「こっちにきたら」とか言われるのは嫌だなぁー」と思い「どっちつかずでいいや」と思う自分・・・。

YouTubeの動画で視聴者のコメントが「工作員かよ!?」と思ってしまう人もいるのでイライラしたり辟易したりします(笑)。
なぜそんなにその動画見る人をそちらさんと同じ側と決めつけたり思ったり、グループ作りまでしようとするんでしょうか??どうでもいいじゃないですか・・・・と適当な考えの自分は思うのでした。




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